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  • 産業の変遷|確かな技で世界を変える

発酵・長寿県を支える地域産業
― 世界に広がる信州味噌の可能性 ―

日本における味噌のトップメーカーの社長として、また、地域産業を支える企業として、成長し続けていくための取り組みについて伺いました。

青木 時男さん

マルコメ株式会社代表取締役社長

長崎県出身。信州味噌の新たな価値を創造するマルコメ株式会社の代表取締役社長。 「発酵バレーNAGANO」の活動も進めている。

長野県の食文化を語る上で欠かすことのできないものの一つが信州味噌です。信州味噌は米麹と大豆を原料とする米味噌で、冴えた山吹色が特徴です。長野県内には小規模な蔵からトップメーカーまで、100軒近くの味噌蔵が点在し、各蔵の個性を活かしたさまざまな信州味噌が製造されています。また、全国シェアは50%以上を誇り、長野県を代表する地域産業としても重要な役割を果たしています。その味噌業界において、画期的な商品を次々と世へ送り続けるマルコメ株式会社の青木社長に、技術力の伝承と味噌の可能性についてお伺いしました。

―― 青木社長が味噌業界に携わることになったきっかけはなんでしょうか?

私は長崎県出身なのですが、初めて長野県を訪れたのは、学生時代に白馬村へスキーに行った時でした。一面の雪景色がまぶしくて、こんな世界があるのかと夢中で写真を撮った覚えがあります。そんな私が長野県民となり、味噌業界に携わることになったのは、マルコメ創業家の次女との結婚がありました。

マルコメは創業1854年(安政元年)の老舗味噌メーカーで、全国的にも知られている企業です。先代は業界初の試みとして味噌の樽出荷からダンボール出荷に移行し、小売店の支持を集めたり、同じく業界初となる味噌用ピロー包装機を開発して流通の変化に対応したり、次々と技術革新を進めてきました。まさに「ジニアス(Genius/天才)」と呼べる人物でした。

私も少しでも先代から学ぼうと努力しましたが、創業家ではない私がジニアスに太刀打ちできるはずもありません。そこで自分に何ができるのかを考えました。私に任されたのは会社の継承ですから、その使命を果たすためには、社員=人を育てること。そして、既成概念を取り払い、自由にやってみようという思いに至りました。既成概念を取り払うということで、私がアクションを起こした商品の一つに「液みそ」があります。

これは1981年(昭和56年)に発売された新ジャンルの商品「だし入り味噌 料亭の味」を液状にしたものです。当時、味噌を液状化する技術はありましたが、味噌の流動性を保つこと、通常の味噌と同じように保存が効くことなど、いくつかの課題がありました。

試行錯誤を重ねて2009年(平成21年)に発売へこぎつけました。しかし「味噌をペットボトルに入れるなんて」「食文化を冒涜しているのか」と多くの非難を受けました。小売店でも「どうせ売れないから」と陳列棚の一番上の取りづらいスペースしか空けてもらえずに悔しい思いをしました。

けれど手軽で便利な「液みそ」は、あっという間に人気商品となり、今では「白みそ」や「赤みそ」「季節限定商品」など、さまざまな種類が販売されています。

こうした経験があるので社員からの提案には真摯に対応し、できるだけ応えてあげたいと思っています。失敗しても全責任は私が負うから、まずはやってみなさいと社員に伝えています。社員の意欲が、次のスタンダートを作り出すと思っています。

常識を疑い、挑戦から生まれた「液みそ」。その発想はやがてスタンダードとなり、多彩な商品へと広がる

―― 社員の方の思いが実を結んだものはありますか?

温暖化で収穫量が減少している「あおさ(ヒトエグサ)」の陸上養殖技術を徳島文理大学が開発したというニュースを見た社員が、マルコメの商品(味噌汁の具材)にも使われている「あおさ」の安定供給は、当社にとっても重要な要素になるので、研究開発にトライさせてほしいと言ってきました。

彼は徳島に行くことになり、生産体制を確立するまでに8年かかりましたが、目標を果たしました。そして現在販売されている商品には、彼が手掛けた陸上養殖の「あおさ」が使われています。

社員の8年間の挑戦で実現した陸上養殖のあおさ商品。あおさの味噌汁が、食卓で気軽に楽しめるようになった

本格的なコーヒーマシンを会社に持ち込むほどコーヒーが大好きな社員は、コーヒーのおいしさを邪魔しない新しい植物性ミルクができないものかと考え、当社独自の発酵技術を使って「米糀ミルク」を開発しました。

クセが少なくアレルゲンフリーで、乳成分を摂取するとおなかの調子が乱れてしまう方にも飲んでいただけるミルクです。2年前、コーヒーの展覧会に出展した際は、なぜ味噌メーカーが?と不思議がられましたが、ご好評をいただき、今では多くの個人経営コーヒー店で使っていただいています。

お客さまの嗜好とライフスタイルは刻々と変化しますので、現場に一番近い人の感覚を取り入れることが新商品開発のヒントに繋がると考えています。

コーヒー好きの社員の発想から生まれた米糀ミルク。発酵技術が、新しい飲用シーンを広げている

―― 技術の継承については、どのようにお考えでしょうか?

170年続く「伝統の技」も、継承していかなければ伝統にはなりません。そのためには、技術力の維持・向上を促進する仕組みが必要になります。

その一つが「みそ製造技能士」という国家資格の取得です。1級ともなると味噌製造に必要な知識や技術だけでなく、7年以上の実務経験も必要になります。地道ではありますが、こうしたたゆまぬ努力を続けていくことが大切だと思っています。少しでも手を抜こうものなら品質に現れ、評価も下がる。お客さまの舌は正直ですから

―― 「発酵バレーNAGANO」は、どのような経緯で発足されたのですか?

長野県には味噌だけでなく、日本酒、ワイン、醤油、漬物、納豆、チーズ、酢など、地域に受け継がれてきた発酵食品が数多くあります。

私が理事長を務める「発酵バレーNAGANO」は、長野県発酵食品産業加盟8団体・企業、賛助会員計352社(2025年7月時点)が連携し、長野県が誇る発酵食の魅力を県民、さらには海外に発信し、「NAGANOと言えば、発酵・長寿県というブランドを構築すること」を目的として2023年(令和5年)に発足しました。

また、2020年に新型コロナウイルスが蔓延し、外出自粛・営業自粛が要請されたことで、飲食店が窮地に追い込まれたことも、発足した理由の一つにあります。私たち発酵食品業界は、飲食店と極めて密接な関係にありますから、需要が減少したことで売り上げが激減し、業界全体が疲弊していました。長野の食を守るために何をすべきか。今こそ結束が必要なのではないか。そのような考えから8団体・企業が連携し、「発酵食」をテーマとした新しい事業を起こすこととなりました。

―― 「発酵バレーNAGANO」は、どんな活動をしていますか?

これまでに、銀座NAGANOで「発酵食品のマリアージュ」と銘打ち、発酵食品を使ったイタリア料理とともにワインや日本酒のペアリングを楽しむイベントを開催したり、発酵料理とお酒の「ペアリングコース料理」を考案し、発酵の仕組みを学び、味わう場を提供したり、観光列車「ろくもん」に乗車し、北信濃の景色を楽しみながら長野県の食材や発酵にこだわったお料理を味わう「発酵バレーNAGANO特別号」を運行するなど、さまざまな企画を実施してきました。

さらに、今後のブランド展開をより強固にしていくための「事業構築ワークショップ」や国内外に発酵・長寿県NAGANOを広めるために、信州大学を始めとする県内各大学と長野県、県内各自治体、団体などと連携して「産官学ネットワーク会議」を進めているほか、次代を担う若手メンバーで構成された組織「ミライクリエーションチーム」を立ち上げ、発酵食文化の継承と新事業の創出に取り組んでいます。

今後は海外の展示会への出展など、海外での活動を強化し、国内は各地域と連携した「発酵ツーリズム」を定着させるなど、活動の幅を広げていきたいと考えています。

―― 読者の皆様にメッセージをお願いします。

長野県が策定した「信州ブランド戦略」はとても良い考えだと思います。当社は「産業の変遷」に当たる部分を担っているわけですが、明確なビジョンがあると進むべき道が見えてきます。

「確かな技で世界を変える」を全うすることが「しあわせ信州」に繋がり、長野県を発展させる基盤になると思いますので、これからも邁進してまいります。

感受性の豊かな小学生に向けて「しあわせ信州」の講座を絶対にやるべきだと思います。なぜこのようなビジョンが作られたのか、そのビジョンはどのような内容なのか、一つひとつ丁寧に伝えて、長野県に生まれたことを誇りに思ってもらいたいですね。