Interview between the chefs Raphaël Hautmont and Kei Kobayashi
小林圭氏とラファエル・オモン氏の対談が実現
長野県の魅力を「食」の観点からアレンジするプロジェクトが進むフランスで、分子ガストロノミー研究者のラファエル・オモン氏と3つ星レストラン「レストランK E I」のオーナーシェフ、小林圭氏(長野県諏訪出身)の初顔合わせと対談が実現しました。
場所はルーヴル美術館、パレ・ロワイヤルから近い、パリのまさにセンターに位置する「レストランK E I」。
冒頭、ラファエル氏は昨秋に実際に長野県各地を訪れ、食材に触れながらその歴史や背景について学んだことに触れ、「長野県の起伏のある土地柄ならではの地域性、住民性、食材の魅力」を感じたことを小林氏に伝えると、小林氏の味噌についてのエピソードから対談がスタートしました。
*小林氏=K 、ラファエル氏=R
K「味噌の話で言えば、今でこそ家では作りませんが、私の祖父母の家では味噌を作っていました。長野県では、昔だったら味噌も漬物も家庭で作っていたのです。それは家庭の味であり、自家製の味噌の味が他の家と異なるのは、その家に宿る菌が違うためです。“住む人たちにとっての菌“ の存在というものが各家庭にあるからこそです。生まれ育った長野にはいい食材が身近にあると感じます」。
R「興味深いお話です。そして、料理は、食材が持つ味覚との融合がさらに興味深いですね。例えば、小林シェフが作る鳩の料理は、余韻が残る味噌の旨味があります。味噌風味のソースで鳩の旨味を再び引き出すという効果です。味噌というとフランス人は単純な味噌汁しか知らないのですが、決してそうではないのですよね」。
—昨年11月3日の長野レセプションでは、ラファエルさんは分析した長野の味噌を使った料理も提供されましたね。
R「はい。分析結果によってレシピを開発したところ、味噌と帆立貝のポワレの組み合わせは興味深かったのです。味噌はカラメリゼすることでカフェのような焙煎感ができて、コーヒーとの共通点を発見しました。味噌のカラメリゼの香ばしさと、コーヒーの香ばしさの組み合わせは合うのでは、と思ったのです。同じように牡蠣でも、フランスではエシャロットとビネガーのソースを使ってヨード感を消そうとしますが、サテソースやライチを合わせると、フローラルな香りがでて面白い味わいになりました。酒ベースのライチのカクテルには、牡蠣の汁を入れることでよりよい風味が生まれ、それをシャーベットにすることも提案しました。クレーム・アングレーズには白味噌を入れましたね。実は、白味噌のアイスには、タルト・タタンのキャラメルと同じような分子があって、フランスのキャラメル・ブールサレと同じ味わいになるのです。その結果、料理と化学のアソシエによる面白いアプローチとなりました」。
K「なるほど、実際はどんな料理でも分子技術が使われています。例えば、ポトフのような煮込み料理ひとつとっても、何度で何グラム?調理時間は?など科学的見解によるロジックがありますよね」
R「その通りです。その点で、スターシェフは一瞬の思いつきのクリエーションだと思われがちですが、それは間違いだと思います。そこにはシェフによる大きな仕事があります。ソースも、いつも同じ味、色、香りでなければいけなくて、そこに神秘(偶発性)は存在しません。分子ガストロノミーによって、自分たちが技術と規律に基づいて何をするのか、しているかを理解することができます。そこから、他にないオリジナリティのある料理を生み出すことが可能なのです。ちなみに、温泉卵は62度が理想な温度、というのも分子ガストロノミーによるものです。味噌やパンも化学分析によって扱い方が明確になるのですが、そのあとのクリエーションにはシェフが大きな存在です」。
K「ラファエルさんが言うように、提供する料理は毎日同じレベルに持っていかなければなりません。彼は化学の見地で、私たちは料理人やパティシエとして、味を知るためにとにかく毎日食べます。味見はかかせません。シェフも毎日研究していると言えます。毎朝違う食材が届いたり、同じ食材が届いたとしても、実はそれも毎日違うんですよ。ですからそれらを研究して、味の良さとか、味が合うかどうかを見つけているわけです。面白いことをするのは簡単でも、常に美味しいものを追求することは大変です。それは、お客様を満足させなければいけないからです。面白い、というのはアッサンブラージュをした時にできるのです。温度帯と食感、アッサンブラージュらを組み合わせると、面白いことはできます。でも、目をつぶってても美味しい!と思わせるものを作るのは難しいので、それには味見しかないのです」。
R「小林シェフは、どのようにフランス料理に日本の食材を取り入れ、味を決めているのでしょうか?」
K「私は、意識的に日本の食材を探しているわけではないのです。例えば、私が作る鳩料理のソースでは、りんごと味噌を合わせることでほんのりした甘みを増しました。味の組み合わせは、過去に経験した思い出からくることがあります。長野の子供時代に食べたゴマのかかっている五平餅の味噌だれの味、食感を鮮明に覚えていて、実はそこから編み出したものなんです」。
R「食感の記憶……それはとても興味深い。分子ガストロノミーも食感について化学的な観点でみていくと面白いのです。今回の機会で、日本食にはフランス以上にさまざまな食感、色、香り、風味があることに感銘を受けました。特に食感の幅の広さです。ただ、日本では大人気のもちもちっとした食感は、フランス人にとっては苦手なような気がします。どう思われますか? 」。
K「私はパリに来て25年経ちますが、ここ10年以来、パリは少し変わってきていて、うどんやラーメンのモチモチ感が受けていますよね。日本酒も、以前のアルコール度の高いお酒という解釈の間違いから、今のフランス人は食事に合わせて飲めるものとして認識しています」。
―フランスにおいて、長野県食材を今後どのように活用できるでしょうか。
K「寒天は使いやすいと思います。味噌も使えます。味噌はチーズの代わりに使えそうですよね。フランス料理ではチーズやワインの使用頻度が高いので、同じく発酵食品として代用できそうです。肉を柔らかくする白麹もいいですね。使えますよ」。
R「そう思います。肉を柔らかくしたり、マリネをしたりするのに発酵食品としての味噌はいいですね。味噌や白麹はいろいろな可能性があると思います」。
―小林シェフは長野の諏訪出身、ラファエルさんは昨秋に長野各地を訪問されてみて、外から、フランスから見た長野県の魅力についてどのように感じますか。
R「残念なことに、長野はフランス人にあまり知られていないですね。知っているとしたら昔の冬のオリンピックでしょうか。でも、実際に私が訪れてみて、あんなにも素晴らしい景色や山、気候、物産など、多くの面においてとても恵まれていると感じました。文化、料理、まさに寒天も印象的でした。ありのままの小さな村や大きな街も多様性があり、本当に多くの発見をしました。長野の魅力はそれだけでなく、例えば、お箸や漆などの伝統工芸についてもサヴォア・フェール(匠の技術)が受け継がれ、味噌、わさび、日本酒やワインなどの食材も豊富です。東京から新幹線でわずか1時間で行けて観光客にとっても見るモノ、コトがたくさんあるのに、それらが知られていないのは残念です。」。
K「私にとって長野といえば、豊かな自然と田舎です。長野には清らかな水があります。それを使ってお酒、米、わさびが作られます。特に、わさびはまさにピュアな水が必要で、長野にはそれがあるんです。観光客の多い東京や京都にはない、ほかにはないものを伝えていくべきだと感じます。もうひとつは、あまり街をいじらないこと。田舎には澄んだ空気、古い建物があります。奈良井宿のような古い建物が子供の頃はたくさんありましたが、ずいぶん壊されてしまいました。長野は豊かな森林があり、山があり、景色が素晴らしいです。けれども、白馬などのように外国人がどんどん土地を購入していくと、長野としての魅力がいつか薄まってしまうと感じます。守ることも必要ですよね」。
R「自然が大好きなフランス人にとっては、長野は観光地としてもとても魅力ある県です。観光地化し過ぎず、昔ながらの土地の良さを保護するなどのバランスをとることも大切だと感じます」。
K「あと、長野の自然が生み出す食品に関して言うと、新たなアルコールの生産も可能ですよね。りんごは日本で第二位の生産量を誇るのですから、たとえばシードルやカルヴァドスなどの可能性もあります。今後の発展の可能性はいろいろあると思います」。
R「そうですね、気候が多様なので生産物にも適していると思います。寒天にしても、山で自然乾燥させることによって作られるわけですから、エコロジーの観点からも地球に優しい天然食材です。現代のエコロジーの潮流にも合っています。真のサヴォア・フェール(匠の技術)は、時代に流されない常識になり得ると感じます 」。
異文化を知る近道は「食」を知ること、と言われますが、地域の魅力を更に磨いていこうとする長野県が、「食」を通してフランス人と共感し合あえる未来が垣間見える対談となりました。