The diversity of Nagano Prefecture’s sake brought to life by water, rice, and the skill and senses of its people
水、米、そして人々の技術と感性が生み出す長野県の日本酒の多様性
Vol.1 :
長野県北部を訪れたYoulin氏がまず驚いたのが、豊富な積雪量。生まれも育ちもパリで、日本での留学やワーキングホリデー時代も東京や京都で過ごした同氏にとって、雪景色は新鮮で感動的だったそう。一面の銀世界を目の前に、パリに残った家族とビデオ通話で話す様子からも、その興奮が伝わってきました。
この地域で訪ねた酒蔵は3蔵。いずれも豪雪地帯に立地する蔵元です。
北信五岳(※)に囲まれた信濃町の「髙橋助作酒造店」は、扇状地の扇端に位置し、場内の天然の湧を仕込み水とする造り手。この天然水をYoulin氏は「雪を感じさせるピュアでクリアな味わい」と讃えました。
※長野県北部の盆地から望むことができる5つの山の総称
※長野県北部の盆地から望むことができる5つの山の総称
この蔵でもうひとつ注目したのが、2020年に登録された長野県の新品種の酒米・山恵錦。同蔵では2013年より他社に先駆けて試験栽培・醸造し、現在は近隣地区で契約栽培することで、地域の特徴となるテロワールの表現を目指した清酒を製造しています。Youlin氏はこの山恵錦を「長野県の風土に合う米」と表現。「5年前にはなかったローカルな酒米が誕生し、新しい時代の日本酒が生まれることが楽しみ」と、期待の高さが伺えます。
さらに北上し、銘酒「水尾」の蔵元「田中屋酒造店」では、蔵から15kmほど離れた水尾山の天然水を仕込みの全量に使用しています。Youlin氏曰く「少し重さを感じる水の味わい」なのは、どうやら地中を長い時間かけて流動してきた湧水だからだそう。しかし、地層のキメが細かい分、フィルター効果によってミネラル分よりも重みと膨らみを感じる味わいになるのです。
この水に加え、同蔵の酒米にも特徴が。仕込みの多くを占める「金紋錦」は、かつて“幻の酒米”と呼ばれるほど希少品種でしたが、同蔵が苦労の末に地元で復活させたもの。「自分たちなりのやり方で、土地にあるもので勝負をする」。そんな蔵の気概がそこかしこに感じられます。
「日本酒は造り手や風景など、周囲の環境も大切だと感じた。特にこの地域は雪が多く、特有の文化を深く感じる」とYoulin氏。水のきれいさだけではなく、多彩な要素から長野県の日本酒の可能性を強く感じている様子が伝わってきました。
さらに北へ。一層雪深くなると見えてくるのが、県内最北の酒蔵「角口酒造店」です。特に冬は雪に閉ざされる同蔵の清酒「北光正宗」は、かつてこの地域にしか流通しておらず、人々は保存食とともにこの酒を飲んで長い冬を過ごしてきたといいます。だからこそ、派手さはないものの毎日飲めるドライでシャープな味わいが酒造りの根底にあります。その造りを際立たせているのが、丸みのない、輪郭を感じる湧水の味わいです。
杜氏を務めるのは、県内の若手杜氏を牽引する村松裕也氏。蔵人も20〜30代からなる若い集団で、積極的に新たな技術を取り入れた酒造りを進めています。同市内の「田中屋酒造店」と同様に地元産の金紋錦も使っていますが、特有の苦みや渋みを抑えつつ膨らみのある味わいを生み出していることは、たとえ同じ材料を使っても、酒の味が造り手の考えやこだわりを反映することを証明しているようです。
同蔵の日本酒を「技術は高いが繊細で、しっかりと水や酵母の味わいを感じ、やさしい香りとのバランスがよい」と評したYoulin氏。
加えて、3蔵を振り返って「造り手側から水について語ってくれるのがうれしい。どの水も、クリアに体に馴染む中によさがあり、雪質や土壌、地質など風土の複雑さを感じる。景色と日本酒の味わいのつながりを感じて楽しい」と語る言葉からは、改めて長野県の酒蔵に根付く水の文化も実感している様子でした。