The diversity of Nagano Prefecture’s sake brought to life by water, rice, and the skill and senses of its people
水、米、そして人々の技術と感性が生み出す長野県の日本酒の多様性
Vol.2 :
日本最長の河川「千曲川」の最上流地域にあたる長野県東部の佐久地域の酒蔵を訪れたYoulin氏。この地域では北部の酒蔵と真逆の印象を抱いたそう。すっきり系の北部の酒に対し、この地域では米の味がしっかりとした、ずっしりと甘く旨みが強い味わいを感じたそうです。
というのも、この地域は粘りと甘みが強いご当地米をはじめとする有数の良質な米の名産地。清流と強粘土質の肥沃な土壌、あるいは千曲川由来の砂混じりの独特な土壌と、昼夜の寒暖差の激しい内陸性気候によって個性あふれる米が育まれています。また、冷涼で降水量が少ないため、病害虫の発生が少ないことも米どころたるゆえんです。
そんな地域のなかでも、有機農法でよりよい米づくりに励む農家と地元産酒米を原料とする造り酒屋「土屋酒造店」を中心に、土地の特色を生かした酒造りに20年来、取り組んでいるのが「茜さす会(旧佐久酒の会)」。地元の圃場(テロワール)を尊重し、有機的な酒米の栽培によって良酒を醸し、酒を愛す仲間とともに稲作や酒造りを楽しむことをコンセプトに掲げる団体で、活動を通じた地域貢献と永続的な酒造りを目指しています。
その姿勢が高く評価され、醸された日本酒は2005年には愛知万博の長野パビリオン代表酒に選出されたそう。
その姿勢が高く評価され、醸された日本酒は2005年には愛知万博の長野パビリオン代表酒に選出されたそう。
「長野県には水の味わいが感じられる日本酒が多い印象だったが、熟成にも適した『米』タイプの酒があるとは思わなかった」とYoulin氏。
実は長野県は酒米生産も盛ん。かつては県外の酒米を頼っていましたが、長野県の冷涼な気候や風土に適した酒米開発などが実を結び、現在の地位まで成長を遂げたのです。
それを象徴するような造り手が、長野県の中心に位置する諏訪湖のほとりにある「豊島屋」。ここでは「金紋錦」「山恵錦」など全7品種の長野県酒造好適米を、商品の特性に合わせて使い分けています。
同じく諏訪湖畔にある「諏訪御湖鶴酒造場」では同一酵母・精米で米違いの日本酒を醸造。Youlin氏も「同じ造り方、酵母で米だけが異なる商品ラインアップはコンセプトがわかりやすく、米の味わいの違いが楽しめて面白い」と語るように、『水がきれいな酒』のイメージは大きく変化したようでした。
「日本酒はもちろん、ランチなどでも、米のおいしさを感じた。それに、長野県酒造好適米の種類がこんなにあるとは思わなかった。他県は2~3種ではないだろうか」
そう話すYoulin氏の佇まいからも、長野県の日本酒に抱く驚きと印象の変化が見て取れました。
また、諏訪湖周辺は、旧中山道と旧甲州街道が走り、古くから旅人が行き交い栄えてきた地。街道沿いには今なお茶屋や史跡が残り、旅人がもちこんだ文化が伝統として息づいています。
こうした街道の影響が見られるのは、この地域に限りません。約9割を森林が占め、耕作地が狭い木曽地域では稲作ができなかったことから、かつては米の代わりに木を年貢として納めてきた歴史があります。また、価値の高い森林資源を流通させることで、多くの米が木曽地域に入ってきたといわれています。
中山道・木曽路の宿場町に蔵を構える「湯川酒造店」では、この米を酒造りに利用することでこの地域の経済を循環させ、発展してきました。そのため、長野県産以外の酒米を使うことも同蔵のアイデンティティとなっているそう。文化の交流もまた、長野県の日本酒の多様性を支えているのです。
「以前から日本酒もワインも、原料や成分だけでなく、人や景色、環境、なぜ酒を造っているかというビジョンの違いなど、さまざまな影響で味わいの印象が決まってくると思っていた。また、どちらの酒も人々が造り手を尊敬しているからこそ、味もおいしくなると感じていた。そうしたなかで、今回訪問した長野県の酒蔵はいずれも日本酒を語るうえで、まず水や地域で育まれた米の話をされていて、テロワールを大切にしている姿勢を感じた。そして驚いたのが、長野県の日本酒の豊かなバリエーションだ。水のよさはもちろん、ナチュール(自然酵母)の日本酒もあるし、米タイプもある。それぞれの造り手の技術も高いし、表情も豊か。ワインよりもバリエーションの広さを感じている。『ローカルの人のために日本酒を造りたい』という造り手の意識も素晴らしかった」
Youlin氏は、濃厚で凝縮した旅をこのように締めくくりました。
日本には「酒屋万流」という言葉があります。酒蔵にはそれぞれに思い入れやこだわりがあり、その結果、多種多様な日本酒の個性が生まれていることを表現していますが、そんな日本酒の根源をまさに体感し、新たな価値観も得た旅となったことでしょう。
酒造りは、各地のランドスケープによって育まれる良質な水と米、そしてその原料を生かす酵母と麹の働きが欠かせません。それらをコントロールするのが、造り手の技術と、歴史や伝統、文化によって育まれた感性。言うなれば、日本酒は広い意味でテロワールそのものを映す鏡のようなもの。集落ごとに存在する酒蔵こそが、長野県の多様性の証明であり象徴なのです。