
信州ブランドを率いる人たち
更新日:2026年3月9日
辰野町で空き家再生や商店街活性化を進める赤羽さんに、まちづくりに込めた思いや、誰もが活躍できる場を生み出す取り組みについて伺いました。

赤羽 孝太さん
一般社団法人〇と編集社 代表理事
辰野町出身
辰野町で空き家や商店街を再生するまちづくりアーティスト。 みんなが挑戦できる場を創出している。
長野県の真ん中に位置する辰野町は、中央アルプスと南アルプスに囲まれ、中央に天竜川が流れる山紫水明の地です。また「日本一のホタルの里」として知られ、毎年6月から7月は県内外からホタルを楽しむ人々が大勢訪れています。
そんな辰野町も人口減少と商店街の空き店舗問題という課題を抱えた町でしたが、2020年頃から移住者が次々と個性的な店を出し始め、全国から注目される町になりました。その仕掛け人の一人が地元出身の赤羽孝太さんです。自らを「まちづくりアーティスト」と呼び、新たなまちづくりのスタイルを確立した赤羽さんに、誰もが活躍できる場の創出についてお聞きしました。
―― 赤羽さんがまちづくりに関わるようになったきっかけは何でしょうか?
高校までは辰野町で暮らしていましたが、大学進学で上京して建築や設計を学び、東京の会社で働いていたので、地元に帰ってくるのは盆と正月くらいでした。それが10年ほど前に、辰野町の親戚から「町に空き家が増えているので『移住定住促進協議会』を立ち上げて何とかしていこうという話があるが、興味はあるか?」と連絡が入り、再び地元に関わっていくことになりました。
それまでも地元に帰ってくるたびに、商店街の店が徐々に閉まり、空き家も増えて町に活気が無くなっていると感じていたこともあり、建築の知識や経験が少しでも活かせたらと手を挙げさせていただきました。

当初は東京と辰野町の二拠点生活でしたが、3年目に集落支援員という今でいう「地域おこし協力隊」のようなポジションを与えてもらったので、東京の仕事を全部辞めて辰野町に拠点を移しました。活動を始めたばかりの頃の大きな起点となる仕事は、動物性たんぱく質を使わないお菓子屋さんの店舗兼住宅用の利活用でした。オーナーは塩尻市の出身で東京からUターン移住をして、間借りの店舗でお菓子を作っていましたが、辰野町に自分のお店を持ちたいということで、町で管理していた「空き家バンク」の物件から、築130年の古民家をご案内させていただきました。
まずは空き家が“いい場所”に生まれ変わるという事例を一つ作り、そうした小さな成功例を積み上げていくことで「うちの地域に“いい人”が来てくれた」という、人と人との繋がりに広がり、地域が上手く回り始めるんです。
―― 他にどんな活動をしていらっしゃいますか?
開いていたり、閉まっていたりする飛び飛びの商店街を「トビチ商店街」と名付け、コミュニティの繋がりを再編集するプロジェクトとして、2019年に「トビチマーケット」というイベントを開催しました。21の空き店舗や空き家を使い、県内外から54店舗のお店が集まり、町内外から約4000人を超える人たちが辰野町を訪れてくれました。
その時に出展してくれた人や、遊びに来てくれた人たちが辰野町のことを知ってくれ、その後、移住してきた人がいたり、住んではいないけれど辰野町にお店を出した人がいたり、新しいまちづくりが広がっています。
今、居心地が良くても、やがて町を出ていく人がいるかもしれません。それでも辰野町に関わってくれている間は、最高に楽しいと思って暮らしてもらえたらいいなと。そうすれば次のところに行っても「辰野町は最高に面白いよ」って勝手に宣伝してくれると思うんです。辰野町のファンが新たなファンを呼び込むように、能動的な人が地域を面白くしてくれると思います。

―― 赤羽さんの考える「みんなに居場所と出番をつくる」とは?
2018年に「〇(まる)と編集社」という会社を作り、企画、デザイン、建築で地域を再編集する仕事を始めましたが、辰野町には、自分が思い描く暮らしに、自らが変えていくという意思を持った人たちが集まってきますので、そういう人たちの思いを形にするべく、町と連携しながら進めています。
古民家を店舗に改修する際も、DIYに興味のある地元の人たちが集まってくれて、オープンまでの10カ月の間に250人くらいがお手伝いをしてくれました。それって、既にその段階でお店のファンが250人できたっていうことですよね。そう考えると地域にとって「居場所と出番をつくる」って“応援すること”なんじゃないかなと思います。
僕は民間事業者なので、お金もないし、時間もないし、身体一つしかないから、誰と組むかといったら“やる気のある人”なんですね。自分のやりたいことがある人たちは、やれる可能性のあるところに行きますよね。チャレンジを応援できる地域は、選ばれる地域であり、選ばれるということは、そこは持続可能なまちになるということなんです。

また、事業を始めたいと考える人のフックとなるのが、キープレイスやキーマンの存在です。先ほどのお菓子屋さんの話になりますが、自分のお店を持ちたいと考えていた彼は、辰野町で2009年に開業した農家レストランに足を運び、オーナーさんにその話をしたそうです。それを聞いた農家レストランのオーナーさんは、すぐさま私に電話をしてきて、私もレストランに駆け付け、彼に物件の話をさせていただきました。お菓子屋さんにとっては農家レストランがキープレイスに、オーナーがキーマンになりました。こうしたキープレイスやキーマンの存在があることで、事業のイメージがより具体的になったり、有益な情報を提供してもらえたりします。この点も辰野町を、選ばれる地域へと押し上げている理由の一つだと思います。地域住民と移住者が繋がることで、多様性というグラデーションが生まれ、まちが面白くなっていくのだと思います。
―― 赤羽さんの考える「まちづくり」とは?
10年前、商店街で食事ができる場所は食堂一カ所しかありませんでした。でも今は、ピザ屋さん、コーヒースタンド、ドーナツカフェ、グルテンフリーのカフェ、カフェバーができて、僕の生活は豊かになりました。それは、意思をもって辰野町にやってきた“いい人”たちがお店を開いてくれているから。これから空き家は山ほど出てくることが予想されるので、それを武器にしながら、いかに“いい人”に来ていただくか、いかに何かやりたい人にやってもらえる環境を創るかを考えていきたいです。
“いい人”が町を活性化することで地域全体が面白くなり、それが結果的に暮らしを豊かにすることに繋がっていくと思っていますので、これからも多角的な“応援”をしながら、みんなが活躍できる居場所を創り続けていきたいですね。

まちづくりに尽力する赤羽さんに、辰野町を活性化すべく、意思をもって活動を展開している“いい人”をご紹介いただきました。株式会社goodhoodを共同で立ち上げた鈴木さんと松田さんです。鈴木さんは、バスの旧営業所を活用したカルチャースペースや複合施設「むらとしょ」の運営、松田さんは学習塾の責任者として地域に新しい風を吹き込んでいます。二人の“いい人”は、辰野町でどんな未来を思い描いているのか、お話をお聞きしました。
■鈴木雄洋さん
株式会社goodhood代表取締役 【https://goodhood.co.jp/】
複合文化施設「むらとしょ」・ミックスカルチャースペース&garageの運営
移住前は大手デベロッパー勤務
■松田陽多さん
株式会社goodhood取締役
総合進学ゼミナール 螢照会 責任者
移住前は東京大学大学院生

―― 辰野町に移住することになったきっかけは?
鈴木さん 2020年に辰野町に移住してきました。それまでは東京都内や関西の都市開発を手掛ける会社に勤務していたのですが、地方に興味を持ち始めた頃に、辰野町で空き家バンクや空き店舗を利活用する人材を募集していることをきっかけに知りました。その活動に携わっていたのが赤羽さんで、彼との出会いは移住の大きな決め手になりました。

鈴木さん 当初は、辰野町の地域おこし協力隊として空き家バンクの制度をより活発化させる事業に取り組んでいましたが、民間の事業として廃墟となっていた旧伊那バス営業所をダンススタジオに改修し、田舎町には珍しいエンターテインメント事業もスタートさせました。また2025年に旧小野図書館を再生した「むらとしょ」も運営しています。

松田さん 辰野町に来る前は大学院生で都市工学を専攻し、地方のまちづくりを学んでいました。しかしコロナ禍でフィールドワークも調査もできなくなってしまい、もともと地方で暮らしたいという思いがあったので、この機会に移住先をいろいろと探しているうちに辰野町にたどりつきました。

辰野町には鈴木さんが先に来ていて、地域おこし協力隊の方と2人で町を案内してくれたのですか、町全体の手つかずな感じに、何かこれから起こりそうだなという期待感が高まりました。さらにUターン移住してきた赤羽さんが、空き家の利活用で実績を作り、商店街に2件目の物件を手掛けていたので、これから辰野町が面白いことになりそうだと感じました。
―― どんな事業に取り組んでいますか?
鈴木さん 2025年に子どもが生まれて、辰野町で子育てをするのなら、落ち着いた里山エリアで小学校のある小野エリアが良いなと思っていました。しかし、小学校は児童数の減少で廃校の危機にさらされているという現実があり、それなら子育て世帯にとってうれしい文化施設として再編集したら、子育て世帯が定着しやすくなるのではと考えて、閉館していた旧小野図書館を「むらとしょ」としてオープンさせました。
「むらとしょ」のコンセプトは“誰でも気軽に利用できる地域の拠点”で、私設図書館や書店、会員制のワークスペースエリアがあり、子どもも大人も楽しめる地域の交流の場となっています。子育て世帯が定着し、この地域が持続可能になるには、まず自分たちや仲間たちが楽しく暮らしていることが一番。誰かが辰野町を訪れた時に、うらやましいと思ってもらえるような暮らしを、自分たちの手で創り上げていくことが必要だと思っています。



松田さん 鈴木さんと共同で会社を立ち上げ、学習塾の運営を主に担当しています。現在、中学1年から高校3年生まで40人ほどが在籍していて、講師として生徒の指導も行っています。塾を立ち上げた理由は、地方と都市部の教育格差をなくすこと。地方に住んでいる子どもたちが、目標を持ってこの学校に入りたいと思った時に、都市部と同じ高い水準の教育を提供できる環境が必要だと思ったからです。
実は、この塾を始められたのも赤羽さんのおかげなんです。赤羽さんが何の用途も決まっていないビルを一棟借りていて、そこのワンフロアを提供してもらいスタートしました。何のツテもお金もない若造が、自分のやりたいことをやれているのは、赤羽さんの応援があったからこそ。我々は小野地区、赤羽さんは商店街が活動拠点となっていますが、それぞれの活動が良い形で融合し、さらに面白いことを辰野町で展開できたらと思っています。

お二人が移住先として辰野町を選んだ理由は、赤羽さんというキーマンの存在があったことはもちろん「みんなが活躍できるまちづくり」のために、キーマン自らが「ファンを作り、応援していく」姿勢に共感が持てたからにほかなりません。お二人の活動もきっと次のファンを作り、ファンが辰野町で活躍してくれる“いい人”になっていくことで、ますますまちが面白くなると確信しました。