
信州ブランドを率いる人たち
更新日:2026年1月22日
信州の自然と共に歩んできた中嶋豊さんに、山岳救助隊員としての経験や、自然を守り共に生きるための取り組みについて伺いました。

中嶋豊さん
長野県自然保護レンジャー/長野県希少野生動植物保護監視員/中条山岳会員など
佐久穂町出身
長野県警山岳遭難救助隊で13年活動。現在は自然保護レンジャーとして自然公園の保護や自然環境の保全に尽力している。
現役時代は、長野県警の山岳救助隊員として厳しい現場に幾度となく出動し、信州の自然の厳しさ、怖さを目の当たりにしてきたという中嶋さん。その一方で、自らの足で歩いた山の記録を、温かみのあるイラストで描き、山や自然の素晴らしさ、山歩きの楽しさを伝えようと数多くの本を出版されています。さまざまな表情を持つ信州の自然に長年向き合ってきた中嶋さんに、信州の自然の魅力と自然を守り共に生きるために何が必要なのかをお聞きしました。
―― 自然や山を意識するようになったきっかけは何でしょうか?
私は佐久穂町(旧佐久町)の農家の出身なのですが、自然の中で育ったというだけで、特に自然や山を意識したことはありませんでした。
ところが警察署に勤務していたときに、職場のレクリエーションで山岳救助隊OBの上司らと北アルプス涸沢へ登山し、北穂高岳から奥穂高岳まで縦走したのですが、その時の体験や雄大な景色に「いや凄いな」と感動してしまい、それ以来、山の魅力に取り憑かれました。
当初私は刑事の仕事を希望していたのですが、「山岳救助隊の方が向いているのでは」と考えるようになり、希望を出したところ、運よく救助隊員になることができたのです。
初めての山での体験が、自分の進むべき道を決定づけるきっかけとなり、13年ほど救助隊の活動に携わりました。

―― 山岳遭難救助隊としての活動は、どんなものでしたか?
山の魅力に取り憑かれて山岳救助隊に入隊しましたが、実際には厳しい訓練や救助活動などで、プライベートで山に登る余裕はほとんどありませんでした。
救助隊では、登山者が増えるゴールデンウィークや夏山シーズンに北アルプス涸沢に常駐し、安全指導や山岳パトロール、救助活動などの活動をしていました。

初出動は北アルプス穂高連峰の屏風岩での滑落事故で、県警として初めてワイヤーウインチを使用した救助でした。当時私は新人隊員であったため、現場記録の撮影が任務でしたが、細いワイヤー1本で岩壁を降下し遭難者を背負って救助する先輩の姿に感動したことを今でも鮮明に覚えています。
その日の救助活動は日没を迎えてしまったため屏風の頭でビバーク(野営)することになり、遭難者をシュラフに包み、自分たちは雨合羽一枚でハイマツの間に身を寄せ合い一晩を過ごしました。翌朝日の出とともにヘリコプターが見えた時には涙が出そうでした。
今では警察や消防による専用の救助ヘリコプターが救助の約半数を占めていますが、当時は自衛隊や民間ヘリでの救助が主体でした。
県警にヘリコプターが導入されたのはその後で、初代の県警ヘリは今とは比べものにならないほどパワーがなかったので、機体を軽くするため燃料や装備などを調整して飛行しました。
また、救助用ウインチのワイヤー性能も、初代ヘリは長さ20数メートルで、1名の収容がやっとでした。しかし、現在の県警・防災ヘリは80メートル延びて一度に2名の収容が可能ですので、救命率も救助隊員の安全性も格段にアップしています。

厳しい大自然の中で行う救助等の任務は、常に命の危険を伴いますが、「遭難者の救助は自分たち救助隊員にしかできない任務だ」との思いから常に誇りと使命感を持って取り組んできました。
―― 山歩きの本を多数出版されていますが、描き始めたきっかけは?
登った山を忘れないように備忘録としてメモを残すような感じで作成していました。
救助隊長の時には登山道の危険個所調査の結果を地形図に書き込み登山者に情報提供していたのですが、それとは別に、自分で登山した山について、いつの間にか記憶が薄れ忘れてしまうことを残念に思い、簡単な地図を描き始めたのです。
その後、ある山岳会の講習会で講演したとき「私の山の楽しみ方」として地図を紹介したところ、ことのほか好評でした。中にはコピーがほしいという人もいて、それに気を良くして、以来、登った山は全てイラスト地図を作成しています。
当初は線や吹き出しの説明だけでしたが、徐々に危険箇所や見どころなども描き加え、色付けもするようになり、今では市町村のパンフレットなどにも使っていただいています。ときどき「イラストは勉強したのか」と聞かれますが、まったくの自己流です。
これまでに登山した主な山はおよそ500山、およそ1500回、イラスト地図は城跡を含め1000枚を超えました。

私にとっての登山は、山に登って下山して終わりではなく、イラスト地図を完成してようやく一座の登山が終わるのです。
地図を描く上で気を付けていることは、正確に描くことです。最近は私の本をコピーして山に行かれる方も多く、間違った内容は遭難に繋がる恐れもありますので、その点は特に注意しています。
大きな山をB4,A3サイズの用紙に記載するので大変ですが、趣味で作成しているイラスト地図が、皆さんに見ていただけるような本になり、さらに信州の山や自然の素晴らしさ、そして安全登山ついて情報をお伝えできるというのもうれしい限りです。

―― 中嶋さんが考える「自然を守り共に生きる」とは、どんなことでしょう?
長野県には自然を求めて全国から多くの観光客や登山者が訪れています。長野の山に何十回も登っているというリピーターの方もたくさんいらっしゃいます。
私もイラスト地図を描く時は、同じ山に何度も登ることがありますが、登るたびに新しい発見があります。人はその山や自然、地域の良さが分かってくると、何度でも訪れたいと思うようになると思います。
景色を楽しみたい方、高山植物を見たい方、写真撮影したい方、登頂を目指す方。目的は人それぞれ異なりますが、また行ってみたい、今度は誰かと一緒に行きたいと思っていただくためには、安全対策や自然環境の保護などが重要ではないでしょうか。危険な場所、きれいではない場所などは「二度と行きたくない」と思われてしまいます。
現代は善し悪しにかかわらずそうした情報がSNSで瞬く間に広まってしまいます。良い情報なら問題ありませんが、そうでないレッテルを元に戻すには大変です。
また、自然環境は刻々と変化していきますので、必要に応じて人間が手を加え、整備し保護していく必要があると思います。
現在、私は微力ながら少しでも自然保護と環境保全に貢献できればと思い、長野県自然保護レンジャーとして活動していますが、オーバーツーリズムに関連して、観光客や登山者の立入禁止区域への立ち入りや高山植物の盗掘といった問題も出てきています。
さらに、高山でもニホンシカや猿の食害、熊の出没、松くい虫被害、集中豪雨災害など、深刻な問題も起きており、こういった動物や自然災害への対策を進めるなど、自然保護に配慮していくことも必要ではないでしょうか。
信州の自然を守り、共に生きていくためには、それぞれの施策を継続的に推進するとともに、県民一人ひとりが自然保護の重要性を再認識し、身近な自然に感心を持ち、そして守っていくことが大切ではないかと思います。

―― 読者の皆様にメッセージをお願いします。
長野県には雄大な自然と、北アルプスをはじめとする日本アルプスの峰々と、人々の生活に密着した里山など、四季折々の素晴らしい景観が各地にあり、毎年多くの観光客、登山者が訪れています。
信州の自然の魅力は、住んでいる住民の皆さんにはなかなか感じられないかも知れませんが、「移住したい都道府県ランキング」で長野県が20年連続第1位という結果でも明らかなように、県外の皆さんにも多くの魅力を感じていただいていると思います。
私は登山を通じて山や自然と接し、自分なりにイラスト地図を作成していますが、長野県内には、日本アルプスの著名な山岳のほか気軽に歩ける里山も多くあります。
また、県内には2,000とも3,000とも言われるほど戦国時代の山城や砦、狼煙場、居館跡があります。実際に足を運んでみると500年前の遺構がそのまま残り、調べ始めるとその地域の歴史も見えてきて非常に面白いです。
このように自然を感じながら楽しめるテーマはたくさんあります。
また、自然に興味を持ってもらうためには、子どもの頃の教育が大切になりますが、近年、学校登山やスキー教室を行う学校が少なくなり、登山や自然と接触する、あるいは体験する機会が失われつつあります。
もっと地域の自然に親しむ機会を増やし、自然を身近に感じることができれば、おのずと自然を守ろうという気持ちが育まれるのではないでしょうか?
まずは、地域の自然に目を向けていただき、自然を楽しむことから始めてみてはいかがでしょうか?
長野県には、全国に誇れる四季折々の素晴らしい山や自然がたくさんありますので自然豊かな長野の魅力を存分に味わっていただきたいと思います。
